2015年2月15日日曜日

割れる海(出エジプト記 7)

 モーセに率いられてイスラエルの民がエジプトを出て行くと、王は彼らを去らせたことを後悔してすぐに追っ手の軍勢を出した。モーセたちの目の前には海が広がっていたが、モーセが杖を掲げて手を差し出すと、海は真っ二つに割れてそこに道が出来た。

 神はエジプトを脱出したイスラエルの民を、自ら先頭に立って導いた。昼は雲の柱となり、夜は周囲を赤々と照らす火の柱となって導いたので、人々は昼も夜も神の導きのままに行進することができた。エジプトからカナン(現在のパレスチナ地方)に向かうには地中海沿いの道を北上するペリシテ街道が最短距離だ。しかしこの道筋を通るには強力な異民族たちと戦わねばならない。神はそれを避けさせるため、あえて遠回りとなる荒れ野の道へと導いて行った。

 一度はイスラエルの民が去ることを許したファラオだが、部下たちから実際に奴隷たちが去ったとを知らされると心変わりした。良くも悪くも、エジプト人たちの暮らしは大量の奴隷に依存している。このまま奴隷の逃亡を許してしまえば、国の経済は破綻しかねないのだ。ファラオは自ら戦いの支度を調え、王専用の戦車に馬をつないで出陣した。それに続くのは、エジプト軍の中でも精鋭の戦車600台。さらにエジプト軍のすべての戦車、騎兵、歩兵が後に続いた。イスラエル人たちは徒歩で荒れ野に向かっている。戦車で追いかければ、さして時間をかけずに追いつけるだろう。戦車で威嚇すれば、彼らもエジプトに引き返すに違いない。王の命令に逆らうようなら皆殺しにするまでだ。ファラオの軍勢は大きなときの声を上げると、馬に鞭を当ててエジプトを出発した。

 その頃、神はモーセに命じてイスラエルの人々を海辺に宿営させ、こう語りかけた。「わたしはファラオの心をかたくなにして、あなたがたを追わせる。しかしわたしはファラオの全軍を破り、エジプト人たちもわたしが本当の神であることを知るようになるだろう」。

 やがてイスラエルの宿営地からも、もうもうと土煙を立ててエジプトの軍勢が迫っていることがわかった。軍勢そのものは見えないが、戦車や騎兵が蹴立てる土煙が空に高く舞い上がり、遠く離れた場所からも一目でそれとわかったのだ。エジプトを脱出したイスラエル人は、老人や女性、子供を除外しても60万人。一家族5人だとして総勢300万人という大集団だ。東京マラソンの参加者が3万人だから、その100倍の人間が家財道具一式と家畜などを連れてのろのろと移動しているところをイメージすればいい。モーセたちがいる先頭グループからは、最後尾は遙か彼方にあってよく見えないが、エジプトの軍勢もう間もなく、その最後尾付近に達するに違いない。人々は悲鳴を上げ、天に向かって叫び、モーセに詰め寄った。

 「わたしたちはここで死んでしまう。エジプト人たちに殺されてしまうのだ。あなたが我々をエジプトから連れ出したのは、荒れ野で殺すためだったのか!」

 「こんなことならエジプトを出るのではなかった。生活は苦しくとも、エジプト人の言うことさえ聞いてさえいれば殺されることはなかったのだ。あなたの口車に乗せられたばかりに、こんな目に遭うなんて!」

 だがモーセはそんな人々を一喝した。「黙れ。黙って神の戦いぶりを見るのだ。我々はこれから先もう二度と、エジプトの軍勢を見ることはない。神ご自身が我らのために戦ってくださるのだから!」。

 次の瞬間、隊列の先頭に立っていた神の御使いたちが、あっと言う間に隊列の最後尾に移動してエジプト軍の前に立ち塞がった。雲の柱も同じ場所に移動し、エジプト軍とイスラエルの間に入った。空は暗くなり、稲光がきらめく。精鋭揃いのエジプト軍も、これでは少しも前に進むことができない。

 神はモーセに命じた。「杖を高く上げて、手を海に差し出すのだ。海をふたつに分けて、イスラエルの民に干上がった海の底を歩かせなさい」。モーセがその通りにすると、黒雲の中から強い東風が吹いて海の水を押しやり、やがて海はふたつに割れて左右に壁のようになった。人々は大いに驚きながらも、海底にできた一本道を通って対岸へと渡って行く。だが何しろ300万人の大所帯だ。イスラエル人の全員が海を渡りきるまで丸々一晩かかったが、その間、火と雲の柱はエジプト軍を足止めさせ続けていた。

 東の空が明るくなりはじめた頃、イスラエル人はようやく全員が海を渡りきった。エジプト軍を食い止めていた火と雲の柱は再び移動してイスラエルの先頭に立つ。エジプト軍は遮るものがなくなったことから、再びイスラエル人の追跡をはじめた。イスラエルが通った海の中の道へ駆け下り、対岸のイスラエル人に向けて猛然と戦車を走らせる。イスラエル人たちは再度悲鳴を上げた。これではせっかく海を渡っても意味がない。このままではすぐに、エジプト軍に追いつかれてしまう。

 その時、神はモーセに言った。「海に手を差し出しなさい。そうすれば海の水は元に戻る」。モーセが言われたとおりにすると、海中の道を走るエジプト軍部隊の両脇にあった水の壁は崩れ、エジプト軍は一瞬にして海の水に飲み込まれてしまった。

 こうしてイスラエル人たちは、エジプトの奴隷の身分から救われた。人々はモーセたちと一緒に神を讃え、感謝と賛美の歌が荒れ野に響いた。モーセの姉ミリアムが小さな太鼓を打ち鳴らし、人々は踊りながらその後に続いて神に感謝する歌を歌った。

「主に向かって歌え
 主は大いなる威光を現し、
 馬と乗り手を海に投げ込んだ」

 だがイスラエルの旅はこれで終わったわけではない。彼らは約束の地を目指して、さらに40年間を荒れ野で過ごすことになるのだ。先は長い。

(出エジプト記13~14章)

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