2015年2月9日月曜日

モーセの誕生(出エジプト記 1)

 エジプトの奴隷だったヘブライ人が増えすぎため、エジプト王はヘブライ人に男の子が生まれたらナイル川に投げ込んで殺すよう命じた。だがあるヘブライ人の夫婦は生まれたばかりの我が子を殺すに忍びなく、パピルスで編んだ籠に入れてナイル川に流す。これを見つけたエジプトの王女は、子供にモーセという名前を付けて養子にしたのだが……。


 エジプト宰相だったヨセフが死んで、400年ほどの時が流れた。宰相ヨセフの血縁としてエジプト王ファラオの保護を受けていたイスラエルの民(ヨセフの父ヤコブの子孫たち)だったが、王が幾度か代替わりする中でヨセフの記憶も薄れ、新しい王はイスラエルの民を含めたエジプト国内のヘブライ人(カナン地方出身の民族)を脅威とみなすようになった。ヘブライ人はエジプトで暮らす諸部族の中でエジプト人に次いで数が多く、男たちは皆立派な体格をしている。近隣諸国との間で戦争が起きた時、ヘブライ人が敵軍に味方したらエジプトはひとたまりもないだろう。そこで王はヘブライ人の力を削ぐため、幾つかの新しい町を作ることに決め、その建設作業に彼らを向かわせた。エジプト人の監督の下で、彼らは土を運び、地をならし、石を切り出し、漆喰を運び、レンガを積み、さらに田畑での重労働にも駆り出されることとなったのだ。しかしヘブライ人の数は一向に減らず、むしろ増えていく。

 ファラオはイスラエル人の助産婦を呼び出し、ヘブライ人の女が男の子を出産したら、母親や家族に知られる前にその場ですぐに殺すようにと命じた。「赤ん坊が女の子ならそのまま生かしておいてもよい。だが男の子の場合は産声を上げる前に素早く絞め殺してしまうのだ。赤ん坊の家族たちには、生まれた子は死産だったと言えばよかろう」。だが王よりも神を畏れる助産婦たちは、この命令を無視することに決めた。王は自分の命令が少しも守られないことに腹を立てて再び助産婦たちを呼び出したが、彼女たちは「ヘブライ人はエジプト人より体が丈夫で、出産もごく短時間で終わってしまいます。妊婦が産気づいたと聞いてわたしたちが駆けつけると、彼女らはもう赤ん坊を産んだ後なのです」と巧みな言い訳をするのだった。そこで王はより直接的なヘブライ人の人口抑制策を打ち出した。エジプト全土に対して、「ヘブライ人の赤ん坊が生まれたら、男の子は全員ナイル川に投げ込め!」と命令を出したのだ。 

 そんな頃、イスラエルの子レビの血筋を引く夫婦の家に、一人の男の子が生まれた。王の命令によって、この赤ん坊はナイル川に投げ込んで殺さねばならない。両親は愛しい我が子を殺すに忍びず手もとに置いて育てていたが、三ヶ月もするとついに隠しきれなくなった。母親はパピルスのかごにアスファルトとタールを塗って水が入らないようにすると、そこに我が子を載せてナイル川の葦の茂みの間に置いた。赤ん坊の姉は幼い弟がどうなることかと離れた所に身を潜めていたが、やがて水浴びをするため川にやって来たファラオの娘がかごを見つけた。王女が侍女にかごを取ってこさせて開くと、中から可愛らしい男の赤ん坊が現れた。王女はそれがヘブライ人の子だとすぐわかったが、幼くして捨てられた乳飲み子と、我が子を捨てざるを得なかった母親をとても不憫に思った。その時、物陰に隠れて様子を見ていた赤ん坊の姉が王女の前に進み出て、「あなたのために、その赤ん坊に乳を飲ませるヘブライ人の乳母を呼んで参りましょう」と言った。王女が「そうしなさい」と言ったので、姉は自分の家に戻って母親を連れて来た。王女は母親に「この子を連れ帰り、わたしのためにこの子に乳を飲ませなさい。そのための報酬は渡しましょう」と言ったので、赤ん坊は無事母親の手もとに戻され、王女の名で保護され成長することができた。子供が大きくなると母親は子供を王女のもとに連れて行き、子供は王女の養子になった。王女は子供にモーセという名を付けて育てた。

  モーセは王族の一員として育てられたが、ヘブライ人としての自分の出自を忘れることはなかった。ある日、強制労働に駆り立てられた同胞がエジプト人の監督からひどく打たれているのに腹を立て、周囲に人がいなくなるのを見計らってその監督を殺し砂の中に埋めた。だが次の日ヘブライ人同士が争っているのを仲裁しようとすると、争っていた男たちは腹を立てて「お前はいつから我々の監督になったのだ。エジプト人の監督を殺して、自分が監督にでもなったつもりか」「俺たちのことが気にくわないのなら、あのエジプト人を殺したように俺たちも殺せばよかろう」などと言い出した。モーセは顔面蒼白になった。誰にも見られていないと思っていたのに、自分がエジプト人の監督を殺したことが、ヘブライ人たちの間にすっかり知れ渡っているのだ。これが王の耳に届けば、自分の命はないかもしれない。モーセは慌ててその場を立ち去り、エジプトから遠く離れたミディアン(アラビア半島西岸地帯)まで逃れた。

 (出エジプト記 1〜2章)

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