2015年2月18日水曜日

神の契約と金の子牛(出エジプト記 10)

 神は自分が与えた律法を人々が守る見返りとして、かつてアブラハムと契約した土地をその子孫であるイスラエルの民に与えることを約束する。だがモーセが山に登っている間に、人々は金の子牛像を作ってそれを拝みはじめた。

 十戒に続いてシナイ山で神がモーセに告げたのは、イスラエル人たちの生活にまつわる様々な決まり事だった。祭壇の作り方や安息日の規定、祭りについての規定などもあるが、それらも含めてイスラエル人の日常的な暮らしについての規定だ。奴隷の扱いについて、暴行や殺人に対する罰について、他人の財産を傷つけたり盗んだりした場合の罰則や保証について、処女を誘惑した場合の後始末について、訴訟や裁判についてなどだ。

 神はこれらの決まりを守ることと引き替えに、シナイ半島からユーフラテス川に至る地中海東岸の広大な土地を与えることを約束した。これは神がかつてアブラハムに与えると約束した土地のことであり、イスラエル人たちはアブラハムが神と交わした契約の正統な後継者となったことを意味していた。

 モーセは一度人々のところに戻り、神の言葉をすべて書き記すと人々に読み聞かせた。人々がその教えに背かないことを約束したので、モーセはその場に祭壇を築いて犠牲を捧げ、犠牲の動物の血を祭壇と人々に振り掛けて、神との間に正式な契約が結ばれたことを示した。

 続いてモーセは、アロン、ナダブ、アビフなど、イスラエルの長老たち70人を連れて神の前に出た。神の足もとはサファイアの敷石のようなものがあり、空のように青く澄んでいた。彼らは神の目の前で、神を見て、食べて、飲んだ。神が再び呼びかけたので、モーセは長老たちに告げた。「神が戒めを記した石の板を与えるため、わたしを再び山に呼んでおられる。あなたがたはこの場に留まって、わたしが帰ってくるのを待っていなさい。人々の間に何か問題があれば、アロンとフルに相談するがいい」。モーセはそう言い残すと、従者のヨシュアだけを連れて山に登った。

 雲が山を覆い、雷鳴と稲妻が神の臨在を示していたが、イスラエルの人々にそれは山の頂上が燃え上がっているようにしか見えない。モーセは雲の中で7日目に神に出会い、新たな決まり事を神に与えられたが、それは神の幕屋を建設する指示と、祭司たちの服装や儀式に関するものだ。モーセは四十日四十夜を山の中で過ごしたが、それまでカリスマ的な力で人々を導いてきたモーセが、これほど長い間人々の前に姿を現さないでいることはそれまでなかった。モーセがなかなか戻ってこないことで、人々は不安になった。彼はもう戻ってこないのではないか。このまま自分たちは見捨てられてしまうのではないか……。

 人々はモーセの兄アロンのもとに集まってきた。「モーセは姿を隠し、これまで我々を導いてきてくれた神もモーセと共に山の上に去ってしまいました。我々にはこれから先の道を示してくれる、新しい神が必要です」。人々がそう訴えるのを聞いて、アロンは答えた。「あなたたちと、妻、息子、娘たちが身に着けている金の耳輪をはずして、わたしの所に持ってきなさい」。またたく間に、アロンの前には金の耳輪や装飾品が山のように積み上げられた。イスラエルの民はエジプトを出る際、周囲のエジプト人たちから多くの金細工を取り上げていたからだ。エジプト風の装飾が施されたそれらの品々を、アロンは巨大な釜で煮溶かし、若い牡牛の鋳造を作り上げた。人々はそれを見て歓声を上げた。「これこそ、我々をエジプトから導き出してくれた神だ!」。次の日の朝早くから、この新しい神のための盛大な祭りが始まった。アロンが金の子牛の前に祭壇を築いて犠牲を捧げると、人々の興奮は最高潮に達する。彼らは新しい神の前で飲み食いし、歌い、踊り、ところ構わず淫らな行為にふけった。

 だがこれは、神に対する重大な裏切り行為だった。彼らは「唯一の神だけを信仰して他の神を崇拝することはない」「自分たちのために偶像を作らない」と約束しながら、早くもそれを忘れ去ってしまったのだ。

 神はモーセに言った。

 「モーセよ、ただちに山を降りてその目で確かめるがよい。あなたがエジプトから連れて来た人々が、いかに堕落しきっているかをその目で見るのだ。彼らはわたしが命じた道をそれ、自らの手で刻んだ金の子牛像を拝んで犠牲を捧げ、『これこそエジプトの支配から我々を救ってくれた神だ』などと叫んでいる。こうなったからには、彼らを滅ぼすしか道はない」

 モーセはあわてて神をなだめた。

 「神よ、お待ちください。あの者たちは、あなたが自らの手でエジプトから導き出した民ではありませんか。ここで彼らを滅ぼしたら、あなたは多くの人を滅ぼす目的でエジプトから誘い出した残虐な神と言われてしまいます。どうか怒りを静めてください。彼らを滅ぼすなどとおっしゃらず、あなたの忠実な僕(しもべ)であったアブラハム、イサク、ヤコブとの約束を思い出してください。あなたは彼らに対して、あなたがたの子孫を天の星のように増やし、約束された土地を与えるとおっしゃったではありませんか」

 神はモーセの言葉を聞いて、イスラエルを滅ぼすことを取りやめた。だがこのことが、このままで済まされるはずはない。モーセは神に与えられた2枚の石版を手に大急ぎで山を降りたが、その途中で早くも下の方から人々の騒ぐ声が聞こえてきた。従者のヨシュアがモーセにたずねた。

 「あの騒ぎは何でしょう。戦いの声でしょうか?」

 「戦いの声だと? あれは勝利の雄叫びでもなければ、敗戦の嘆き声でもない。あれは歌だ。神に対する裏切りの歌声だ」

 モーセは怒りのあまり、神に与えられた戒めの刻まれた石版を山のふもとに投げつけて打ち砕いた。そして金の子牛の像を燃やし、焼け残った像のかけらを粉々に砕いて水の上にまき散らし、その水をイスラエルの人々に飲ませた。モーセはアロンを問いただしたが、彼は狼狽しながらも、のらりくらりと責任逃れの言い訳をするばかりだ。モーセは宿営の入口に立つと、人々に向かって叫んだ。

 「この中で、神に従うと誓う者はわたしのところに集まれ!」

 レビ族の者たちは全員がモーセのもとに駆けつけたが、他の人々は周囲を見回しながら態度を決めかねていた。エジプトを脱出できたのは有り難いことだった。だが自分たちはこれからも、モーセと神に従うべきだろうか? 人々が戸惑いながら身動きせずにいると、モーセはレビ族の者たちに命じた。

 「イスラエルの神、主がこう命じられる。お前たちは剣を取って宿営の中を一周し、自分の兄弟、友、隣人を殺せ!」

 レビ族はモーセに命じられるまま、宿営の中を回って剣を振るった。その日、3千人の人々が殺された。モーセはレビ族の者たちに言った。

 「お前たちは命じられるまま、自分の子や兄弟さえも手にかけた。このことでお前たちは祝福を受け、神の祭司職に任じられる」

 恐怖の一夜が明け、翌朝になってモーセは再び神の山に登って行った。

 「神よ。彼らは自分たち身勝手で傲慢な欲望のために、金の子牛を造って拝むという大罪を犯しました。しかしどうか、彼らの罪を赦していただきたいのです。もし赦されないのであれば、彼らではなくこのわたしを、あなたの書かれる書から消し去って下さい」

 神は答えた。

 「わたしに罪を犯した者は、誰であれわたしの書から消し去る。だが今は、わたしが約束した場所に彼らを導いて行くのだ。わたしの使いの者が、あなたがたの先頭に立って行く。裁きの日が来るまで、わたしは彼らを今回の罪ゆえに罰することはない」

 こうしてイスラエルの人々は、さらに旅を続けることになった。

(出エジプト記20~32章)

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