2015年2月12日木曜日

9つの災い(出エジプト記 4)

 モーセはエジプト王の前で奇跡を起こすが、王はイスラエルの民を去らせてはくれない。次々起こる災いのたび一度はモーセの要求を聞き入れる王も、災いが去ればすぐ前言を翻すのだった。

 モーセとアロンが杖を蛇に変える奇跡を見せても、ファラオはそのことにさほど驚くことはなかった。エジプト宮廷の呪術師も、同じように杖を蛇に変える奇跡を行ってみせたからだ。

 神はモーセに言った。「明日の朝、ファラオがナイル川の岸辺に降りてきたら、持っている杖で水面を打つがよい。そうすれば川の水は一瞬にして血に変わるであろう」。翌朝モーセはファラオの前でナイル川の水を血に変え、アロンも他の川や池や水たまりの水をことごとく血に変えた。これが第1の災いである。魚は死に、やがて腐って悪臭を放った。しかしファラオの呪術師も同じようなことをしてみせたため、ファラオはモーセの行った奇跡に心を動かされなかった。人々はナイル川の近くに穴を掘って、染み出してきたわずかな水を使うしかなかった。

 それから1週間たつと、神はモーセにカエルの災いを起こすように命じた。モーセとアロンはエジプト中の川や池の上に杖を伸ばした。すると水の中からおびただしいカエルが上がってきて、岸辺を埋め尽くし、やがて道を覆い、家の中や寝台の上にも這い上がってきた。第2の災いである。これに対抗して宮廷の呪術師もカエルをあふれさせたので、ファラオの宮殿はカエルだらけになってしまった。ファラオもこれには音を上げて、モーセとアロンを呼び出し「カエルを何とかしてくれれば、民をわたしのもとから去らせてもよい」と約束した。翌日になると国中にあふれていたカエルの多くはナイル川に引き返し、川まで戻れなかった大量のカエルは死に絶えて、その死骸が山のようになった。だがこうして事態が一段落すると、ファラオはモーセたちとの約束を無視してしまった。

 神はモーセに、ブヨの災いを起こすことを告げた。アロンが手を伸ばして土の塵を打つと、地表から舞い上がった塵がことごとくブヨとなり、エジプト全土を覆いつくした。ブヨは人を襲い、家畜を襲った。宮廷の呪術師も同じことを行おうとしたができず、ファラオに対して「これは魔術ではありません。まさに神の指の働きです!」と訴えたが、ファラオの心はかたくなになって、モーセたちの言うことを聞こうとはしなかった。これが第3の災いである。

 翌朝、モーセはファラオの前に出て言った。「私の民を去らせてください。そうさせないなら、今度はエジプト中にアブが満ちることになります」。しかし王はこの警告を無視したため、翌日からエジプトのありとあらゆる場所がアブで充ち満ちた。しかし不思議なことに、イスラエルの民が暮らすゴシェン地方だけは、アブが入り込むことがなかった。これが第4の災いである。王はこの様子を見てモーセたちを呼び出し、「お前たちの神の儀式を行ってもよい。だがそれはこの国の中で行うのだ。去ることは許さない」と言った。「王よ、それはできません」とモーセは答えた。「我々は私たちの神の命じる場所で、神に犠牲を献げねばならないのです」。王は疲れ切った顔で言った。「ああもうどうでもよい。どこへでも行って、勝手に儀式を行えばいいだろう。ただしあまり遠くへは行ってはならんぞ」。モーセは宮廷を去り、アブは翌日には姿を消した。だがファラオは今度も心をかたくなにして、民が去るのを許すことはなかった。

 第5の災いは家畜の伝染病だった。エジプト中の家畜が伝染病にかかって弱り、多くが死んでいった。だがイスラエルの民の家畜は、どれも元気なままだった。次に神は第6の災いについてモーセに告げた。「かまどのすすを手に持って、ファラオの前でまき散らすがよい」。モーセがその通りにすると飛び散ったすすは四方八方に広がり、エジプト中に舞い降りて、人も家畜も膿の出るひどい腫れ物に苦しめられた。ファラオもその呪術師も、この腫れ物に大いに苦しんだ。だがファラオはそれでも、民を去らせなかった。

 翌朝、モーセはファラオの前に出て言った。「今までの出来事は、神にとってはほんの警告に過ぎません。本当の災いはこれからなのです。神が本気で力をお示しになれば、あなたやその民をことごとく打ち倒し、地上から根絶やしにすることだってできたでしょう。しかしそうしなかったのは、神があなたを通してその栄光を現すためなのです。間もなくこの地には、これまで見たこともなかったような激しい雹(ひょう)が降ります。どうか神を畏れて、野にいる人や家畜を避難させてください」。だがこのモーセの言葉をファラオは無視した。しかしこの噂を聞いた一部のエジプト人は、自分の家畜を屋内に避難させていた。翌日モーセが天に向けて杖を差し伸べると、雷鳴と稲光が大地を振るわせ、大粒の雹が次々に大地に降り注いだ。屋外にいた人も家畜も、大地に生える草も木も、そしてほとんどの穀物も、この雹に打ち倒されてしまった。だがイスラエルの人人が済むゴシェンの地だけは、雹が降ることはなかった。これが第7の災いである。ファラオはモーセを呼び出し、「お前とお前の神は正しく、わたしは間違っていた。もう構わないから、民をこの地から去らせるがいい」。だがファラオはモーセが宮廷から去ると、やはり心をかたくなにしてイスラエルの民を去らせようとはしなかった。

 ファラオが何度も前言を翻すたびに、モーセは落胆するのだった。なぜファラオは神の力を認めて、民を去らせてはくれないのだろうか?

 だがそんなモーセの心を見抜いて、神は語りかけた。「ファラオが決して民を去らせようとしないのを、お前は不思議に思っているだろう。だがこれは、わたしがそのようにしているのだ。そうすることでエジプトで次々と不思議なしるしが行われ、エジプトを去った後、イスラエルの人々は子々孫々に至るまでこの出来事を語り継ぐようになるだろう。さあ、アロンと共にファラオの前に進み出るがよい。次にエジプトを襲うのは、イナゴの災いだ。

 モーセはファラオに言った。「次にこの国を襲うのは、イナゴの災いでございます。イナゴの大群がこの地を襲い、先日の雹でなんとか残った畑の作物や木々もすべて食い荒らされるのです」。ファラオはこの言葉に耳を貸さなかったが、家臣たちは度重なる災いを恐れて王に進言した。「これまで何度もこの者たちのためにひどい目に遭っております。このままではエジプトはあの者たちのために滅んでしまうでしょう。どうかあの者どもの言うことをお聞きになってください」。ファラオは宮廷から立ち去ろうとするモーセたちを呼び戻して言った。「お前たちの望みを叶えてやろう。神の儀式には誰が行けばよいのだ」。「男も女も、年寄りも若者も、羊や牛などの家畜もです。我々の神をたたえる祭りは、我々の民すべてのものなのですから」。「わかった。その祭りに家族全員で行くがいい。お前たちの災いの神が、いつかお前たちにも災いを下すように願っているぞ」。だがここまで言ってから、ファラオはすぐに前言を取り消した。「いや、ダメだ。行ってはならぬ。行くなら男だけだ。神に義性を捧げたいというのが、お前たちの当初の願いだったではないか。この機に乗じて、過分な求めをすることはわたしが許さぬ」。

 モーセは宮廷から出ると、エジプトの地に杖を差し向けた。翌朝になると東風に乗って大量のイナゴがエジプトに飛来し、そのあまりの量に空が暗く見えるほどだった。イナゴはエジプトの地に舞い降りると、地表に残っていたありとあらゆる草木を食い尽くした。これこそ第8の災いである。ファラオは慌ててモーセを宮廷に呼び出し、民が去ることを許すと誓った。たちまち西風が吹いてイナゴは去ったが、ファラオの心はかたくなになって、イスラエルの人々を去らせることはなかった。

 9番目は暗闇の災いだ。モーセが手を天に向けて差し伸べると、エジプト全土が3日の間、完全な暗闇に閉ざされた。太陽の光は消え、月もなく、星もなかった。人々は暗闇の中で立ち上がることもできなかったが、イスラエルの人人が暮らす場所にそうした異変は現れなかった。ファラオはモーセを呼びよせて言った。「お前たちは言って自分たちの神を拝むがいい。男だけでなく妻子を連れて行ってもよい。ただし家畜は置いて行け」。だがモーセはファラオに答えた。「いいえ、家畜は必ず必要ですからすべて連れて行きます。それだけでなく、あなた様からもいけにえに捧げる動物を差し出していただきたいのです。なるべく多くの動物たちの中から、神に献げるのにもっとも相応しいものを選びたいと思います。目的地に着くまで、どの動物が一番相応しいかは選びかねますので」。ファラオの心はかたくなになり、モーセの言葉をさえぎった。「ええい黙れ。すぐに引き下がって、もう二度とわたしにその顔を見せるでない。次に会った時は、きさまの命はないものと思え!」。モーセは言った。「よくぞ仰せになりました。わたくしもできれば、二度と王様のお顔など拝見したくはございません」。モーセは宮廷を引き下がったが、神がエジプトに下す最後の災いがまだ残っていた。

(出エジプト記7章~10章)

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