2015年2月17日火曜日

十戒(出エジプト記 9)

 モーセの妻子がイスラエルの民に合流する。モーセは人々からの相談事に追われていたが、妻の父の助言から民全体の再編を行うことになった。必要なのは組織化と、全体を統率するための戒律だ。モーセはシナイの山で神から十戒を授けられる。

 モーセは妻のツィポラとふたりの息子をミディアンの妻の実家に残していたが、モーセたちが無事にエジプトを脱出したという話は遠いミディアンの地にまで届いていた。ツィポラの父エトロはミディアンの祭司だが、モーセのもとに娘と孫たちを送り届けるため、シナイ山の近くに宿営しているイスラエルの人々のところまでやって来た。モーセは久しぶりに会うしゅうとを歓迎し、身をかがめて口づけした。その後は互いに固く抱き合って肩をたたき合うと、モーセはエトロを自分の天幕に招いてエジプト脱出からこれまでの出来事を報告する。エトロはそれを聞きながら何度も大きくうなずき、モーセと共に神を賛美すると、焼き尽くす献げ物といけにえを神に献げた。その夜は宴会だ。モーセとエトロは共に過ごした日々の思い出話を語り、エトロは最近の娘や孫たちの様子を語って聞かせる。やがてそこにアロンやイスラエルの長老たちも加わって話の輪が広がり、彼らは夜の遅い時間まで話に花を咲かせた。

 翌朝エトロは娘や孫たちに別れを告げてミディアンに帰る支度をしていたが、モーセの姿が見当たらない。宿営の中をしばらく行くと、人々が大きな天幕の前に長い行列を作っているのを見つけた。それはモーセの天幕で、人々は身の回りで起きたさまざまな悩みや問題をモーセに相談するため、こうして天幕の前に長い長い行列を作っているのだ。エトロは行列が途切れるのを待っていたが、いつまでたっても列が途絶える気配はない。エトロは人々の様子をじっと横で見ながら、その日は出発するのを取りやめ、夜になってからモーセとじっくり話すことにした。エトロはモーセにこう語りかけた。

 「娘ツィポラの夫モーセよ。どうかこの舅(しゅうと)に教えてほしい。わたしは今日の朝から1日中、お前の働きぶりを見ていたが、人々がお前のもとに次々やって来るのはどういうわけだろうか?」

 「人々は神に問うためにわたしのところにやって来るのです。彼らの間に問題が生じれば、わたしは彼らの話を聞いてその解決法を神にたずねます。そして神が下した答えやいましめを、わたしから人々に直接伝えているのです」

 「なるほど。その働きは立派なものだ。だが今の方法はよくない。それではお前が疲れ果ててしまうし、人々も同じことだ。そこでわたしからひとつ助言をしたい。それをお前の神が許してくれるのなら、ぜひともこの方法に従って今後は人々の相談に乗るようにしてほしいのだ」

 エトロはそこで一度言葉を飲み込んで、モーセの顔をじっと見た。モーセはしばらく目を閉じていたが、やがてその目を開いてエトロを見つめた。神はエトロの助言を受け入れるよう、モーセに告げたようだ。エトロは話を続けた。

 「あなたは神の前に立って、人々が従う原則となる掟と指示を神から与えていただくのだ。神がくだされた掟を示すことで、人々は自分たちが歩むべき道を知ることができる。その上で、あなたは人々の中から優秀な人を選び、十人組の頭、五十人組の頭、百人組の頭、千人組の頭として立てる。人々の間で起きた小さな問題については、これらの組頭が自分たちで判断すればよい。そして特別に重要な事柄だけを、あなたが判断するようにすればいいだろう。それであなた自身の負担は大きく減らせるし、人々も長い行列を作ることなく問題をすぐ解決することができる」

 モーセはこの提案を受け入れ、エトロは安心して自分の国に帰っていった。

 イスラエルがエジプトを脱出して3ヶ月目。モーセは宿営地の近くにあるシナイ山から、神が語りかけてくるのを聞いた。

 「イスラエルの人々にこう語りなさい。あなたがたはわたしがエジプト人たちにしたことを見た。あなたがたはわたしに守られて、この地までやってくることができた。これからわたしが与える契約の言葉を守るなら、あなたがたは他のどんな民族にも増して、わたしにとって重要な宝となる。わたしの支配するこの世界の中で、あなたがたは祭司の王国を作り、その国民は聖なる人とされる。あなたがたは、わたしの契約を守れるか」

 モーセが人々にこれを伝えると、イスラエルの人々はひとり残らず「主の言葉に従います」と答えた。

 神はモーセに命じて人々の身を清め聖別させた上で、モーセをシナイの山に登らせた。山は厚い雲に覆われ、その中から雷鳴が響き、稲妻がきらめいた。角笛のような音が周辺の空気を震わせる。神が山の上に降ったのだ。人々はこの様子を見て恐れた。山全体が特別なものとなり、モーセ以外は誰もそこに近づくことができなかった。シナイ山全体が地響きを上げ、煙が炉の煙のように天に向かって立ち上っていた。角笛の音はますます大きくなり、神は雷鳴の中からモーセに語りかけた。

 「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である」
 「あなたには、わたしの他に神があってはならない」
 「あなたは自分たちで像を作り、それを拝んではならない」
 「あなたの神、主の名をみだりにとなえてはならない」
 「安息日を心に留めて、これを聖別しなければならない」
 「あなたの父母を敬え」
 「殺してはならない」
 「姦淫してはならない」
 「盗んではならない」
 「隣人に関して偽証してはならない」
 「隣人の家を欲してはならない」

 人々は雷鳴の中から途切れ途切れに聞こえてくる神自身の言葉を恐れた。神の顔を見れば、その人は死んでしまうと言われている。ならば神の声を聞いたものも死んでしまうのではないか。人々は山から遠ざかり、モーセに向かって呼びかけた。

 「あなたが神の声を聞いて、わたしたちに伝えてください。神がわたしたちに直接語りかけないようにしてほしいのです。そんなことがあったら、わたしたちは死んでしまうに違いありません」

 モーセは答えた。

 「安心するがいい。神があなたがたの前に現れたのは、あなたがたがこの出来事を心にとめることで、神を恐れ、罪から遠ざかることを望んでおられるからだ」

 モーセは人々にこう言うと、ひとり山を登って分厚い雲の中に入っていった。

(出エジプト記18~19章)

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